
料理研究家である母、新島正子(沖縄調理師専門学校校長)が、昭和30年代にブクブクー茶の存在を知り、ぜひ復元したいということになりましたが、なかなか資料がみつからず、わずかな資料を元に復元がスタートしました。とは言っても料理学院で教鞭を取る傍らでの活動であり、ブクブクー茶のみに力を注ぐというわけには参りませんでしたので、スムーズには進みません。このような中、唯一残っていた道具をお借りでき八重山で作ってもらい、独特の茶せんも作ることになりました。道具の完成によって、スタートラインにつくことができ、有志が集まっての研究が始まりました。お米を焼いて煮出した煎り米湯とお茶を材料にし、大きな泡を立てていくのですが、これがなかなかうまくいきません。どうしたものかと思案していたところ、私は琉球料理研究家の田島先生の著書をひもとくに至りました。そこに、ブクブクー茶の写真を発見したのです。この写真を元に復元作業に入り、やがて、泡が立たない原因が水にあることに辿り着きました。戦前の沖縄は硬水だったと思われ、今の水道水ではうまくいかなかったのです。そこで、沖縄各地の湧き水を集め始めました。結果、玉城村の垣花樋川(ヒージャー)の水を使うとよく泡が立ちました。検査をしたところ、硬度が高いことが判明しました。そこで、昔の那覇を知る女医の千原先生、作家の船越先生、歴史研究家の崎間先生に試飲していただきました。それまで何度か試飲していただいたのですが、垣花樋川の水を使ったブクブクー茶で、やっとお墨付きをいただきました。これが昭和50年代のことです。このように長い時間を経て、やっとお披露目ができるまでにこぎつけましたが、本格的な活動を行うにはまだまだ準備が必要でした。そして、平成4年、沖縄伝統ブクブクー茶保存会がスタートしました。この年は、たまたま首里城公園オープンと重なり、お声がかかりまして、首里城公園内で1000人の方にブクブクー茶をふるまうことになりました。ひっきりなしに訪れるお客様に大わらわでしたが、いい経験をさせていただきました。

保存会がスタートした平成4年から、久茂地公民館において毎月第3土曜日、無料体験会を開いています。100名いる会員のうち、20名の会員が交代で対応していますが、皆さん、主婦であったりお仕事をお持ちですが、それでも、時間のない中、がんばってくださっています。皆さん、ブクブクー茶が本当に好きなんですね。(笑)地道な活動ですが、続けることに意味があるのではないでしょうか。会員の中には、沖縄そば専門店の店主の方がいますが、メニューにブクブクー茶が並んでおり、多くの皆さんに喜んでいただいているようです。また、保育園や幼稚園に招かれてかわいいお子さんたちにふるまうこともあります。さらに、イベント開催時にお声がかかることもあります。
 体調を崩し、仕事への迷いも生じていた時のことです。東京の大学時代の友人と会う機会がありました。彼女は書道家なのですが、「私の先生は故郷の立山をいつも胸に書に向き合っているの。故郷があるってすばらしいことよね」私はこの言葉を聞いて、もう一度自分が奮い立つのを感じました。この言葉がきっかけで、沖縄の食文化と琉球料理に力を注ごうと決心しました。琉球料理を若い学生に教えることも、まだ眠っている琉球菓子の研究を重ねることも、ブクブクー茶を広めることも、私の故郷が沖縄であるからなんです。私は、沖縄出身の両親の下に満州で生まれて、大阪で中学2年生まで育ちましたが、故郷を愛する両親と沖縄生まれの沖縄育ちである夫に、沖縄がいかにすばらしい土地であるかについてしっかりと教えられました。私を導いてくれる家族、友人に感謝しています。
ブクブクー茶は、王朝に伝承されていたものではないのでその資料は殆ど残っていません。だからこそ、その謎を解き明かし続けることが必要であり、地道に啓蒙を続け、次代へつないでいくことが必要なのではないでしょうか。沖縄は歴史の波に翻弄されてきました。混迷の中で、ブクブクー茶のように、忘れられ眠っている食文化がまだまだたくさんあると思います。これらを掘り起こすことも、琉球料理を研究する我々の使命であると考えます。
 「癒しのお茶」と私たちは呼んでいますが、柔らかで大きな泡をいただくことでホッとすることができます。那覇のマチグワーで楽しまれていたほど、庶民に愛されてきたもので、沖縄の人々の肌合いにぴったりと合うものだと思います。茶道が複合的芸術だとしたら、ブクブクー茶は同じ釜の飯を分け合うといったものだと思います。ですから、作り方もお客様の前ではなく、厨房のような奥で作って差し上げるんです。沖縄のヨコのつながり、連帯感のようなものを表現しているのではないでしょうか。
泡たっぷりのユニークな形状に若い学生たちに授業で教えると必ず笑いが起こるんですね。人を和ませる力があると思います。ある出版社の女性が沖縄取材にいらした時のこと、取材に行き詰まって東奔西走され、結果うまくまとまったということがありました。その時、講習会の残りのブクブクー茶を何の気なしにお出ししました。沖縄を離れる時にわざわざお寄りになって、「あの時、フーとため息をついたら、泡がフワーと飛んでいきました。なんだかホッとしました」とおっしゃってくださったのです。まさに、癒しのお茶ですね。
外国でご披露した時は「ミキサーは使えないの?」というご質問をいただきました。お国柄ですね。しかし、ブクブクー茶は、待っている間ののどかさ、立てる時間のゆとりこそ魅力なのです。この時間の感覚も、お伝えしなければならないですね。

15年の間には、茶道の大家の先生や皇室の方、外国の要人にもご披露することがありましたが、沖縄の文化を知っていただくことはうれしいことでした。
気負うことなく、これまで通り地道に活動を重ねていきたいと考えています。よく、これを商売にしてみては?というお話もありますが、これは私たちの役目ではないと思っています。掘り起こしたブクブクー茶を原点として、守っていくことが私たちの役目だと考えます。物事には変容がつきもですが、それも原点をしっかり守ってこそなのではないでしょうか。「掘り起こして、守る」これが私たちの役目だと思います。 |