
生まれた時からバレエがある環境に育ちました。というのも母が先生でバレエスタジオを開いていたからです。3歳からバレエを始めましたが、当初はバレエが嫌いでした。勿論母には言いませんでしたが…。そんな私の心を知ってか母は決してバレリーナになってほしいとは、一度も口にしませんでした。その代わり、大人になった時、女性としての、人間としての心得をバレエを通して学んでほしいとよく言われました。例えば、三ツ星レストランと居酒屋では立ち居振る舞いは変えるべき、その場の空気を読んでTPOを考える女性になってという願いがあったようです。私はそんな母の思いも知らずに、バレエをやめたいと訴えたこともありました。そうしたら、「一番になったらやめてもいい」という言葉が返ってきました。子どもの私は、一番になったらやめられると真剣に考えて練習に励みました。やめるための日々のレッスンが、まさかバレリーナになるための第一歩になるとは考えもしなかったです。

そうですね。あまり振り返ったことはないですけど。(笑)ただ、一番になったらバレエをやめられるという思いで日々努力した結果が2000年(社)日本バレエ協会沖縄支部バレエコンクール予選会ジュニアCの部で1位に。念願の1位を獲得した瞬間「やめる」から「続けたい」に思いが変わりました。翌日、師である母に頭を下げて、「どうか、また1位をとらせて下さい。これからもがんばっていきたい」とお願いしました。その甲斐あってか2001年、13歳の時、カリフォルニアにて、ボストンバレエ学校のサマースクールオーディションに合格しましたが、寮がなかったため泣く泣く断念。2002年(社)日本バレエ協会アジアパシフィック国際バレエコンクール沖縄支部予選会ジュニアBの部でまた1位を獲得。その年に、シアトルのスクールオブアメリカバレエの入学オーディションも合格。でも、シアトルで心身共に疲れ、ストレスで体重が増え、たった3ケ月で帰沖しました。こんな私を母はなんて言うだろう?恐い、叱られると思ったのですが、暖かく迎えてくれました。そして、体重を約1週間で戻し、心の落ち着きを見計らい、バレエのレッスンをスタート。前にも増しての厳しいレッスンとダメ出しは、また「やめたい」という気持ちをかき立てました。そんな私の心を知ってか、スイスチューリッヒオペラ座付属バレエ学校への留学をすすめてくれ、入学しました。3ケ月毎に帰沖する度に、相変わらずのダメ出しが続きました。外国の先生方はほめてくださるのに、なぜほめてくれないのだろう、一生ないかも…、との思いの中、約1年半を予定していたスイス留学を終えずに今度は母にモンゴル国立音楽芸術舞踊学校にいくように言われました。「やっとスイスの生活にも慣れたのに今度は英語も通じないモンゴルになぜ?」いやいやながら、モンゴル行きを決心。何が何だかわからない日々がしばらく続きましたが、モンゴルでのバレエ生活は私を大きく変えてくれました。舞台出演は勿論ですが、多くのバレエ演目の出演、プリマとしての位置付け、よき友など、今までの中で、最も楽しくバレエに取り組むことができたと言っても過言ではありません。そこで、バレエについて学んだことは世界のどこに行ってもバレエは共通の言葉を持っていること。肉体表現の素晴らしさを肌で感じ、外国だから10代だからといって気負うことはない、自分なりの表現をすればよいのだということを認識できるようになりました。
 今年1月モンゴルから一時帰国した時、母がやっと首を縦に振ってふってくれました。一生認められることはないかもと思っていたので(笑)とてもうれしかったです。その後、今年4月に、ニューヨークで開催された国際バレエコンクール「ユース・アメリカ・グランプリ2007」シニアの女子の部で、お陰様で優勝させていただいたことをきっかけに、ワシントン・バレエ団とボストン・バレエ団のオーディションに合格し、9月からワシントンでお世話になることになりました。気を許すとまたダメ出しをされそうなので、初心を忘れず頑張っていきたいと思います(笑)。
あまり自分のことについて考えたりお話することはありませんでしたが、こうして考えると一番厳しい師が身近にいてくれたこと、そして同じバレエの道に入りながらもスタジオを支えている姉の存在がとても大きいことに改めて感謝の気持ちでいっぱいです。私は、中学生の時、登校拒否になったのですが、母は無理に学校に行かせるようなことはせず、「行きたくなったら行けばいい、その間ずっとお母さんといようね」と言ってくれました。とても気が楽でした。そんな中、アメリカンスクールの存在を知り、通うようになりました。私に合っていたようでとても楽しく過ごすことができ、同時に英語を習得することもできたのです。13歳からバレエ留学で海外生活が多かった私にはとてもよかったと思います。その時に辛いことでも後で考えれば無駄なことはひとつとしてないんですね。今年の3月に2年間のモンゴルでの生活にピリオドを打つことになりましたが、大変充実した日々を過ごすことができました。今になって改めてわかったことは基本に還ること。母がダメ出しを繰り返したのは、「大地を踏む」という基本を忘れた時だったと改めて思い返しました。どんなに高く足が上がろうが、どんなにたくさん回転できても足がしっかり大地を踏んでいなければ意味がない…。それは人の生き方そのものだと。1位を取らさせていただいたこれからが本番、しっかり大地を踏んでいこうと改めて思います。
 私は生まれつき肺に持病があったので、お医者様から運動してはいけないと言われていたんですね。でも、バレエを続けることによって次第に心肺能力が高まったのでしょうか、体力がついて強く元気になっていきました。人間は克服できるものなのだということを学びました。ですから、バレエが私の心身を作っているんですね。そのバレエに感謝しながら、自分が持つ可能性を伸ばすように努力していきたいと思います。
今思うのは、誰よりも厳しい師である母の教えです。「バレエは技と心」つまり、いくら技術があっても観客の皆さんの心を打つ魅せる踊りでなくてはならないということです。ずっと言われ続けたこの言葉を胸に、アメリカで頑張っていきたいと思います。
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