ぱっしょんリーダーに聞け! 


  



  


  私は、生まれは具志川の田場ですが、叔父が普天満宮の宮司であったことで、普天間には幼い頃からよく遊びにきていました。中学生になってからは、宜野湾から通学するように。名護の英語学校を卒業後、普天満宮に事務職として就職しました。そして沖縄が本土復帰した日、禰宜に任ぜられました。ですから、私には故郷がふたつあると言ってもいいかもしれません。  普天間を中心とする宜野湾の昔について少しお話しましょう。琉球王国時代のことです。宜野湾に静養で滞在していた王子が、国王も参詣される普天満宮の前が少し寂しいので、松を植えたらどうかと仰せになったことで、その昔、普天満宮の前は美しい松並木が茂る豊かな風景があったのです。昭和7年には、国指定天然記念物に指定されたのですが、戦中に軍命で大半が伐採され、戦後普天間地域に残っていた松は、松食い虫の被害に遭い、最終的には伐採せざるを得なかったようです。戦前は、中部地域の中心地として栄えたと伝えられています。明治から大正時代には道路整備が行われ、メインストリートである県道ができあがり、中頭地方事務所、農事試験場、旅館、醤油店、歯科医院など、門前町として形成されていったそうです。大山から、普天間に向かう客馬車も行き交うのどかな暮らしがあったようです。米国施政下となった戦後は、基地に隣接していることから新たな繁華街としての顔を形成していきました。そして、時は流れ、全国の地方都市同様、現在は寂しい状況にあります。そこで、普天間地域の活性化をはかろうと、ヒヤミカチまちづくり協議会(喜瀬会長)を起こし、年間スケジュールを組んで、月1回の清掃活動、鉢植え活動、「酒トピア」と銘打った飲食業の活性化(後援活動)、はごろも祭りのバックアップなどの活動を行っています。来年度は10月に行われる普天満宮例大祭に向けての盛り上げを行い、地域の活性と交流をはかる「第1回ヒヤミカチ祭り」の開催を予定しています。



 お世話になっている普天間をはじめとする宜野湾の皆様へ少しでもお役に立てればと、私ができることをしていきたいと考えてのことでありまして、大袈裟なことではありません。  私は、幼い頃からなぜか洞窟が大好きで、それが高じて今や一番の趣味になっています。普天満宮にも洞窟がありまして、戦後、先代宮司が塞いだのですが、子供の頃から気になって気になって仕方なかったんですね(笑)。単なる興味からスタートしたことですが、洞窟は、自然科学、人文、信仰など、さまざまな視点から研究がされており、これを探究することによって、その地域の特性がわかってきます。そこで、私が学んだことがお役に立てればと、お声かけいただき博物館講座で宜野湾市内の洞窟・御嶽を巡るフィールドワークの講師を務めさせていただいております。少年時代の冒険心からスタートした趣味ですが、洞窟は実に深い世界です。  先代新垣義志宮司は、幼い頃から琉球舞踊に傾倒し、8歳から村アシビで踊りを習い始め、戦後は本格的に琉球舞踊の大家に師事。1956年には普天間青年会創立10周年記念に演劇、舞踊を指導。1966年、湛水親方顕彰碑建立1周年記念式典で湛水流音楽に舞踊を振り付けて発表するなどの実績を残しています。普天満宮宮司として地元に貢献すると共に、趣味である伝統芸能によって地域に恩返しをという姿勢を貫いていました。私は、先代宮司にはまだまだ及びませんが、洞窟の研究によって、その教えの後に続いていければと考えています。また、先代宮司が心を注いだ伝統芸能においては、来年で20周年を迎えるとびんすはにんすカチャーシー大会をさらに盛り上げることにあります。カチャーシーは、歓喜の気持ちをアドリブで各々が踊りによって表現するものですが、「伝承」という観点から消えゆくものを残そうと考え、連綿と受け継がれてきた現存する「型」の中から代表的なものをピックアップし、例えていうならば、体操競技でいうところの規定のようなものを設けていく準備をスタートしました。全国的に有名な群舞の祭典としましては、徳島県の阿波踊り、高知県のよさこいなどがあげられます。伝統を忠実に守っているイメージの強い阿波踊りも、実は、「連」というグループによって、伝統の「型」を基本にしながらも、新しい「型」を創造している例も多く見受けられます。よさこいは、高知県を基点に、町起こしのために北海道にまで広がっていくなど、新たな展開を見せています。宜野湾からカチャーシー文化を広めていきたいと考えており、20周年の来年は大きな節目として位置付けています。



昔がすべてよくて、今がすべて悪いということはないと私は考えますが、今は、人と人のつながりが希薄になっていることは確かだと思います。都会に限らず地方でも、アパートのお隣りにどんな人が住んでいるかわからないというのが現状のようです。もちろんプライバシーも大切ですが、人はひとりでは生きられないものです。それには、自分が今、根を下ろして住んでいる地域のことを知ることが肝要だと思います。歴史は?地層は?芸能は?小さな興味が糸口になって、そこから仲間が集い、大きな輪になって行くのではないでしょうか。博物館講座やカチャーシー大会などの催事がそのきっかけになればと考えます。地域は、「今」だけのものではありません。受け継いで来られた先人へ感謝すると共に、次代の子へ孫へつないでいくものなのです。みんなで、よりよくするための知恵を出し合って行こうではありませんか。そして、安心・安全なまちづくりを。

 

 
  
 
  








  

◎取材を終えて…
 南国の初冬の青空に映える本殿の赤瓦の屋根を拝みながら、松並み木の緑が美しい門前町の宿道がイメージの中で重なりました。歴史の街、普天間に感じ入るひとときでした。

 
●パーソナルデータ●
  

趣味/洞窟探検

  
  
●オーガニゼーションデータ●
  1996/宜野湾市文化財保護審議会会長(現委員)
1999/飛衣羽衣カチャーシー大会運営委員長
2000/宜野湾市立博物館運営委員長
2007/宜野湾地区防犯協会会長
   
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