
一言で言いますと福祉の相談業務を行う仕事です。対象者の状況をみて、どの制度を活用したらよいかを専門知識をもって各機関とつないでいきます。英語ではソーシャルワーカーと言いますが、ここ最近やっと認知されてきたという状況です。

私は琉球大学数学科の出身で、福祉とは全く違う畑の勉強をしていたんですね(笑)。卒業を控え、さて就職をどうしたものかという時に知り合いの方から、身体障害者療護施設(現在支援施設に移行中)を立ち上げるので、手伝ってくれないかという話しが来たんですね。社会福祉主事の資格はあったもののこれはたまたま取得したしたもので、それまで全く福祉に興味はなかったんですね。それから25年間、生活指導員として勤務しました。
施設がスタートした当時、担当する障害者の方たちに、ごく自然に毎日の生活を楽しんでもらおうと考え、ショッピングセンターに買い物にいくことにしたんです。それまでは、欲しいものがあれば、職員に伝え、買ってきてもらうという仕組みだったんですが、それではショッピングの楽しみはないわけです。障害者は病気をしているわけではないんです。なので、介助さえあれば出かけていいんじゃないかとごく自然に思ったわけです。当初は、街行く人もちょっと戸惑っている様子が伺えました。また、障害者も本当にいいの?という状況でした。今でこそ、デパートやショッピングセンターにはスロープがあり、エレベーターも車椅子が乗れるシステムになっていますが、当時はエレベーターも狭小でしたので、業務用のエレベーターに乗っていたんです。また、映画鑑賞をするため、当時国際通りにあった映画館に車椅子で出かけました。当時は、映画館だけではなく、街場のどこもまだまだスロープなどない時代。何度かその映画館に出かけていくうち、ある日、映画館内の段差が解消されていたんですね。このように、私は全くの素人だったことが強みとなって、自分が楽しいと思えるごく普通の暮らしを障害者の方にしてもらおうという、シンプルな発想から動いていたんです。そして、ある日、そうだ旅行に連れていこうと思い立ちました。しかし、航空会社からは医師の診断書が必要だと言われるような状況。さきほどもお話しましたが、障害者は病気をしているわけではないんです。このように、障害者はなかなか理解されておらず、社会に出て楽しんでもらおうとすると、さまざまな障害がありました。それでも、ひとつひとつクリアして、旅行にも出かけるようになりました。飛行機に乗って、観光名所を巡り、温泉に入るという普通のことができて、とても喜んでくれました。
障害者に関わる福祉の仕事する我々は、まず行動することだと、今考えれば思います。法律や条例などを改めてもらうべく行政に働きかけるよりも、まずは動いてみる。そうすることにより、社会が変わっていくのだと思うんです。映画鑑賞に何度も来てもらえれば、移動が大変そうだから段差なくそうかと…。共に生きていくということはそういうことだと思います。
 関わった利用者が元気な顔になっていく様子を感じた時は、本当にこの仕事をしていてよかったと思います。現在、格差社会という言葉が象徴されるように、生きて行くことに希望を失っている方がたくさんいらっしゃいます。社会の底辺で息をひそめるように生きているんですね。その方たちも、制度を利用すれば生活の質が向上するのですが、制度自体をご存じないために生活が困窮しているという状況を多く目にします。私達は、持っている知識とノウハウをすべて活用し、そんな皆さんが、明るく希望を持って生きていけるように頑張っていかなければならないと、現在の社会状況を見ていて、強く決意しているところです。
 沖縄県社会福祉士会は、全国組織のひとつとなっております。社会福祉士は、病院、施設、行政など、さまざまな分野におります。個々の分野で仕事をしていますので、組織を持つことによって、相互が有機的な活動できるわけです。

社会福祉士になるには、最終的に国家資格が必要ですが、その前段階としていくつかの方法があります。ひとつは福祉関係の4年制大学を卒業する方法、福祉関係以外の4年制大学を卒業して専門学校等で学ぶ方法、実務を4年以上行い専門学校等で学ぶ方法、短大を卒業して実務に2年以上ついた後専門学校等で学ぶ等です。合格率は全国で27%、沖縄は17%となっています。なかなかハードルは高いのですが、毎年、沖縄から約700名が受験しています。
社会福祉士は、その知識・技術をもって利用者がよりよい社会生活をしていけるよう動いていく、いわば窓口のような仕事です。もちろんその専門性において、ハードである知識・技術も肝要ですが、人間性をとくに重んじると私は考えます。
よく、大変な仕事だよねと言われますが、あまりつらかったことは覚えてないですね。それを乗り越えた時の喜びの方が大きいんです。困難な状況に当たると、解決に向けて俄然、頑張るんですね。名前の違う山を何度も乗り越えて、それが経験となって次の山に登るエネルギーになっていくのだと思います。今後、社会の高齢化が進んでいくと、ますます福祉の仕事が重要視されていくと予想されます。やりがいのある仕事をとお考えの方、まずは情報を集めてはいかがでしょうか。 
まずは、後進の指導育成です。私がこれまで経験によって培ってきた知識・技術を、若い皆さんへ伝えていくことです。また、現在、成年後見人としての活動をしています。例えば、独居で要介護3という対象者がいるとしましょう。このような方がうまく在宅で暮らしていけるように制度を活用して身上配慮を行うというような活動です。今後、社会福祉士は、成年後見の役割が必要となってくると予想されますので、併せて力を入れていきたいと考えます。
沖縄県社会福祉士会は設立当時、たった3名でしたが、現在、会員は280名。会員以外の社会福祉士を含めると、沖縄県には約700名に資格保持者がいます。今後は、社会福祉士という職業の啓蒙をはかり、会がますます活発に活動し、社会のお役に立てるように頑張っていきたいと考えます。
ゆくゆくは、独立し気軽に相談ができるよう、街場に社会福祉士のオフィスを持ちたいと考えています。 |