
私が嫁いだ金城家は糸満の旧家で、代々長男が守ってきていました。私の主人もその長男。しかし、サラリーマンで本土への転勤もあるという暮らしをしており、沖縄での拠点はどうしても那覇となっていたので、糸満の家はお貸ししていたのです。主人も定年間近となった頃、家屋の手入れを始めました。週末に孫を呼んでのんびり過ごそうか位の軽い気持ちで、改修が進むうち、親戚やまわりの方から「これだけの旧家が残っているのは珍しい。この家を見たいという人がたくさんいるのではないか」という声を聞くようになったのです。建設されたのは、明治時代。沖縄戦の後に、診療所となるなどの歴史を重ねてきました。周囲の声に押されて、「じゃ、軽い気持ちでやってみようかな?」というのがスタートだったのです。せいぜい1年もすると客もいなくなるだろうから、その後はセカンドハウスにしようなどと話していたのです。

そうなんです(笑)。気がつけば10年の月日が経っていたんですね。家を見てもらうために次女と二人でスタートしたのですが、私の夫や兄弟姉妹が、そばじょーぐーで(笑)、「この家にはそばが似合っているみたい」などと言いまして、だったらやってみようかなと思ったんです。でも、私はどちらかというと、食を作るよりも美味しいものを食べる方が好きだったんですね。でも、やると言ったからにはと頑張りましたが、なかなかこれだという味にはならず、一時はあきらめようとしたこともありました。やっと、これだと思ったところを親戚から料理上手と言われていた私の母に食べてもらい、お墨付きをもらいました。沖縄そばとともに好評の声をいただいているのが、ジューシーですが、試食してもらった兄弟姉妹が「ばあちゃんの味がするよ」と言ったのです。私の父の母のことですが、とても料理が上手だったんですね。この祖母は、大阪に住んでいたこともあってか、なかなかのアイディアの持ち主で、私が小学校低学年の頃、コーヒー豆を使ってアイスコーヒーを煮出して売るなどしていたんですね。銭湯帰りの方達に人気があったようです。その祖母は、ジューシーもおにぎりにして売っていたんです。6人兄弟姉妹でしたので、母はとても忙しかったんですね。甘えたくて優しい祖母の所に泊まりに行くことが楽しみだった少女時代のことを思い出す、ジューシーはなつかしい味なんですね。
「この家にはそばが似合う」の一言から、今では、これに加えてチャンプルーなどの沖縄家庭料理もお出ししています。あっと言う間の10周年ですね(笑)。
 スタートの際は、ご近所の方から「お客さん来るかね〜?」、「大丈夫かね〜?」などというご心配の声もいただいていました。私も、家族も、どうせ1年位だろうという軽い気持ちでした。ところが蓋を開けてみると、当初はまばらだったお客様が、口コミによってあれよあれよという間に、満杯になって行ったんです。10年前といえば、世の中が疲弊していた頃で、ちょうど人々は癒しを求め始めた時期と重なると思います。本土では古民家がブームになり、田舎暮らしが話題となっていました。そんなことと、沖縄ブームが相まって、たまたま、私共がしていることがマッチしたんでしょうね。
 私共と同様に古い琉球家屋をお持ちの地元のお客様がいらして、「こういう使い方があるんだね」とおっしゃってくださるんですね。古いものを大事にしていこうという気持ちが高まっていることはうれしいことです。ここ最近、周辺にも民家を活用した沖縄そばの店舗が増えてきているんですね。糸満真壁が、神戸の異人館や白川郷など、歴史ある建物が集中することによって形成されている観光地のようになるといいですね。沖縄の各地で同様のスタイルが広がっていくといいですね。
リピーターの方が多くいらっしゃることもうれしいですね。1日に2回もいらしてくださったり、観光でお見えになる方から、お土産までいただくこともあって、そんな毎日の小さな喜びを重ねていると、この仕事をしていてよかったと思いますね。

自然体でいることでしょうか。親戚の家に遊びにきたような雰囲気とでもいいますかね。といいますか、元々のスタートが「お店をやるぞ!」と意気込んでいた訳ではないんですがね(笑)。
お出しするメニューは、すべて手作りとしています。私共のジューシーは、バジルが入っているのですが、このバジルやハーブティーのレモングラスなど、食材のハーブは、ガーデニングによる自家栽培によって賄っています。また、野菜くず、残飯、庭の落ち葉などはたい肥用に使用するなど、私なりに自然を楽しみ、自然を大切にし、お客様に喜んでいただこうと思っています。

これまで行事で訪れる位だった家が、今では我が家の中心となっています。那覇から通う日々も10年を経ましたが、ホテル勤務だった長男、長女、次女、娘婿と、気がつけばいつの間にか家族が一緒に協力して仕事をしています。ルーツである地で、周辺の方との交流もあり、とてもよかったと思っています。
2006年秋から2007年1月まで改修工事を行いましたが、もし、真壁ちなーをしていなければ改修していなかったかもしれません。店を開くことで、この家が元々の住居としての使われ方ではないですが、異なるスタイルで活用されており、よかったと思っています。
アルバイトの卒業生の中に、近々に外人住宅をカフェとして開く準備をしているという話もあり、楽しみにしています。
春の初めにはうぐいすが鳴き方の稽古をし、夏には2時頃までお昼寝をする蝉がいたり、秋には螢が光るという素晴らしい環境です。晴天の日の夜の星々の輝きには心を奪われます。これはお客様がお帰りになった後のご褒美です。
今ではここが私の生きがいとなっているかもしれません。お客様との会話を楽しみ、元気をいただいている毎日、私はしあわせかもしれませんね。今後も、自然体で毎日を過ごしていければと考えています。 |