
受賞作は「85歳のアスリート秘訣〜健康だからできること〜」というタイトルで、昨年9月にイタリアで開催された「世界マスターズ陸上競技選手権大会」の10種競技で銀メダルを獲得した山川文康選手の日常をメダル獲得までの1年間にわたって取材したものなんですが、実は私の父なんです。若い頃からスポーツマンだった父は、その強靱な体力が注目され、米国CNNをはじめ国内外のメディアからよく取材を受けていました。放送人としては大変興味深いテーマではありましたが、身内というところもあり、それまでどこか二の足を踏んでいたようなところがありました。そんな時、イタリア行きが決定し、これは好機だと思ったわけなんです。家族であるからこそ胸襟を開いて素顔をさらけ出す訳ですが、だからこそ、距離感にはこだわって録音を行いました。結果、父は銀メダルを獲得し、私が制作した番組も賞を頂くことになりました。今回の受賞選考理由が、「出演者の言葉が生き生きしていてラジオの特性である音の魅力が十分に発揮されている」、「出演者の次男が番組の制作者という間柄だが、適度な距離を保った制作姿勢により、他者にも開かれ、誰もが楽しめる番組となった」というもので、僕が意図したことがうまく伝わってよかったと感じました。

兄がアナウンサーだったこともあって、中高生の頃から、イベントの手伝いをしてました。そこで、自然に放送という仕事に魅力を感じていたのかもしれません。大学も放送技術の資格取得のために福岡工業大学に進んだのですが、ここでウチナーンチュ魂に火がつき、沖縄県人会を立ち上げ、エイサーに燃え、大学祭で沖縄そばを販売するなどという活動が大学生活の中心となっていきました(笑)。福岡での大学生時代、僕はウチナーンチュとしてのアイデンティティを確認したと思います。卒業後、帰沖し、1984年、弊社に契約社員として入社しました。この年は、前身である極東放送からFM沖縄になった年で、AMからFMに移行する貴重な経験をさせていただきました。
 どこの地方でも地域密着はめざしていると思いますが、とくに沖縄は強く打ち出さなければならないと思います。地元リスナーがお聴きなって、毎日の生活が楽しくなったり、何かに気づいたり、うれしかったり、それが地方のラジオだと思います。
放送から14年になる「川満児童文学館」は、ある日、実家でみつけた僕の作文がきっかけなんです。国語が大の苦手だった僕は、昭和40年代を代表する(笑)那覇の少年だったと思います。野球少年で、川でグッピー捕って、新聞配達して鳩を飼うという…。そんな僕ですから、誤字脱字はもちろん、沖縄ならではの発音がそのまま文章になっているという感じなんですね。読み手には、下読みなしの初見で読んでもらっています。ひっかかりながら読む方がリアリティがあって伝わるんですよね。
「ForPM」は、13年程前に行った聴取率調査において、30代男性が弱いことが判明しまして、ちょうどその時の僕が30代だったこともあり、自分達の世代が楽しめる番組って何だろうと考えた結果、生まれた企画なんです。そこで、沖縄の30代男性にフォークソングファンが多いことをふまえた音楽番組を作ろうということになりました。この番組も今年、13年目を数えます。さだまさしさんから「日本全国、月曜日から金曜日までフォークをかけている放送局はきいたことがない」と言われ、沖縄の特性に合致した番組が放送できることに僭越ながら自負のようなものを感じています。そのさだまさしさんの「償い」という交通事故をテーマにした曲がきっかけで「ザ・池間塾 飲酒運転を考えよう」という番組を制作しました。そこで番組完成までの半年間禁酒をし、酔った仲間を家まで送る運転手となり、帰りは走って帰宅するひとりきりの飲酒運転撲滅キャンペーンをはったのです。多くの人の意識を変えるにはまず自分の意識からということなんですね。
ラジオドラマ「観光立県オキナワ美ら島 その未来」のテーマは、観光客500万人をどう減らさないか…。その答えはゴミひとつ落ちていないキレイな沖縄であるということを掲げ、恥ずかしながら僕の作詞でしゃかりに曲をつけてもらい「Go〜Meの想い」という曲が生まれ、「沖縄のゴミをなくす本」の出版に至りました。これも、自分が行動しないと意味がないと考え、毎日とはいきませんが、新都心から会社まで1時間ほどかけてゴミ拾い出勤しています。
「もうひとつの涙そうそう」は、ビギンの3人と親しく付き合う中で生まれたものです。大切な友人を亡くしたビギンに「もうひとつの涙そうそうがあったんだね」という僕の一言が端を発したのですが、デリケートなテーマですので、まずは家族の方にごあいさつをと思っていたら、ビギンのメンバーが先に家族の方にお話ししてくれていました。これがあったからスムーズに話しが運んだと思います。

「声」や「音」で伝えるラジオの仕事は、「人」で成り立っていると思うのです。いわゆる「仕事」という感覚で四角四面で動いていては、決していい仕事にはならない。日頃から人間対人間として向き合い、付き合わなければならない…、番組という形になるまでには、そこに至るまでの行動の積み重ねが必要だと思うんですね。仕事のために向き合うということではなく、人間同志という中から思いが伝わり、心がつながるということなんですね。

ラジオとは、「しゃべり」、「音楽」、「間」で成り立っているものです。ビジュアルがない分、リスナーの想像力を豊かにし、思考を動かすという特徴を持っています。この特徴を活かした人の心に届く番組を作って行きたいと考えます。また、僕も40代後半にさしかかっており、後進の育成にも励んで行きたいと思います。
基本は、放送人としてラジオが持つ特性を活かして、リスナーの皆さんに伝わる番組を作っていくこと。さらに、微力ながら、沖縄の観光、文化などにお役に立てればと考えています。また、沖縄といえば、去る大戦の激戦地となった場所です。平和のメッセージを伝えることも大切な役目だと考えています。そこで、森山良子さんが唄う「さとうきび畑」を毎月23日、フルバージョンで放送しています。小さなことですが、月に1回平和について考えていただければと思っています。
来年はいよいよ25周年の節目の年。この夏に開催されるハッピーアイランドの集いを皮切りにさまざまなイベントを計画し、リスナーの皆様へ感謝の意を表したいと考えています。ご期待ください。 |